昨夜、山本小鉄さんに最後のお別れに行かせていただいた。
今僕達プロレスラーにできること。
それはいくら考えても答えは一つ。
プロレス道を真っ直ぐ進み元気を発信すること。
“プロレスで世の中を変える”と言うならば何があろうと、とことんプロレスで元気を発信しなければならない。
今日はお客様へご挨拶に伺わせていただくため早朝より茨城に向かっている。
今日も僕のすべきプロレス道を一所懸命に進もう。
皆さん!今日も1日頑張りましょう!
大谷晋二郎のオフィシャルブログ 【炎の刃 大谷晋二郎】 powered by ZERO1
2010年09月02日
石川カメラマン。
長年、カメラマンとして頑張ってこられた週刊プロレスの石川一雄さん。
僕が新日本プロレス時代には全国の至るところにまで選手を追い掛けて来てくださった。
僕がZERO1に移ってからはなかなかお会いすることが出来なかったが、たまに会場で顔を合わせた時には満面の笑顔で近寄って来てくれた石川さん。
交わす言葉は少しではあるが石川さんの優しい言葉と笑顔に本当に僕は元気をいただいていた。
久しぶりにお会いした時の第一声は必ず「頑張ってるね。」の言葉。
これからもそんな石川さんにいつでも「はい!頑張ってます!」と胸を張って言えるよう頑張っていきます。
心より御冥福をお祈りいたします。
僕が新日本プロレス時代には全国の至るところにまで選手を追い掛けて来てくださった。
僕がZERO1に移ってからはなかなかお会いすることが出来なかったが、たまに会場で顔を合わせた時には満面の笑顔で近寄って来てくれた石川さん。
交わす言葉は少しではあるが石川さんの優しい言葉と笑顔に本当に僕は元気をいただいていた。
久しぶりにお会いした時の第一声は必ず「頑張ってるね。」の言葉。
これからもそんな石川さんにいつでも「はい!頑張ってます!」と胸を張って言えるよう頑張っていきます。
心より御冥福をお祈りいたします。
posted by 大谷晋二郎 at 16:08| 日記
2010年08月30日
山本小鉄さん。
僕がプロレスラーを志した小学生の頃からテレビの中で毎週古舘伊知郎さんの隣で解説しておられた山本小鉄さん。
その頃から僕はプロレス界に入門したら山本小鉄さんに厳しく指導していただくんだと言う恐くもあり憧れの気持ちも持っていました。
実際僕が入門した時には佐々木健介さんや馳浩さんに指導していただいたのですが、山本さんが道場にお見えになった時にはいつも真剣な表情でアドバイスなどをして下さった。
まだ新弟子だった僕にこう言って下さった山本さん。
「とにかく練習をしなさい。
悩んでる時でもとにかく練習をしなさい。
練習をしていれば絶対に間違いはないから。」
とことん練習をするからこそプロレスラーだというプライドを人一倍持っておられた山本小鉄さん。
そんなプロレスラーの心得を少しでも体感させていただいた新日本プロレス出身者の僕達はこれからもずっとその思いを持ち続けていかないとならない。
山本小鉄さんが心から愛しておられたプロレスをこれからも僕達プロレスラーが一所懸命に守っていきたいと思います。
心より御冥福をお祈りいたします。
その頃から僕はプロレス界に入門したら山本小鉄さんに厳しく指導していただくんだと言う恐くもあり憧れの気持ちも持っていました。
実際僕が入門した時には佐々木健介さんや馳浩さんに指導していただいたのですが、山本さんが道場にお見えになった時にはいつも真剣な表情でアドバイスなどをして下さった。
まだ新弟子だった僕にこう言って下さった山本さん。
「とにかく練習をしなさい。
悩んでる時でもとにかく練習をしなさい。
練習をしていれば絶対に間違いはないから。」
とことん練習をするからこそプロレスラーだというプライドを人一倍持っておられた山本小鉄さん。
そんなプロレスラーの心得を少しでも体感させていただいた新日本プロレス出身者の僕達はこれからもずっとその思いを持ち続けていかないとならない。
山本小鉄さんが心から愛しておられたプロレスをこれからも僕達プロレスラーが一所懸命に守っていきたいと思います。
心より御冥福をお祈りいたします。
posted by 大谷晋二郎 at 01:29| 日記
2010年08月29日
今日は郡山から元気を発信。

本日は福島県郡山市にある《国際メディカルテクノロジー専門学校》の学園祭にてプロレスを行わせていただく(画像@)。早朝に郡山に到着した僕達。
到着した僕は控室に入るなり強烈な睡魔に襲われてしまう。
ハッと目を覚まし会場に出ると他の選手が一所懸命にリング設営を行っていた(画像A)。
今日も最高の仲間達と思いっきり元気を発信したいと思いますo(^-^)o
posted by 大谷晋二郎 at 08:37| 日記
2010年08月28日
忘れられない日。
2010年8月27日。この日を僕は忘れることはないであろう。
なぜならば言葉にならない程のとてつもない衝撃のうけたからである。
まず始めにこれだけは記しておきたい。
僕が学生時代に夢中になったアーティストと言えば迷わずこう言う。
《ハウンドドック》
今でも何かあるとハウンドドックの歌を聞き元気を倍増させることが多々ある僕。
そんな憧れのハウンドドックのボーカルである大友康平さんがなんと…
今回のイベントの最後にライブを行うという。
それを知った時の僕の感情の高ぶりはおそらく誰にも分かっていただけない程である。
僕達の試合が終わった後も僕の興奮はおさまるどころか上がっていく一方。
そんな中、ある選手より大友康平さんがリハーサルを行っているとの情報が入る。
それを聞いた僕は慌ててライブ会場となる隣のグラウンドに駆け足で向かう。
向かってる途中に聞こえてくるONLYLOVEの歌声。
それは紛れもなくあの大友康平さんの声。
そしてそのグラウンドに到着した時に僕の視界にONLYLOVEを熱唱する大友康平さんの姿が飛び込んできた。
僕はその場に立ち尽くし舞台で熱唱する大友康平さんをただただ見つめることしかできなかった。
そして次の曲のリハーサルに突入する。
それは不滅の名曲フォルテシモ(ff)。
リハーサルとはいえ僕は自然と歌に引き寄せられ聞き惚れていた。
そしてリハーサルを終えた大友康平さんはすぐに車に乗り込み立ち去られた。
まだ僕が中学生の頃、山口市民会館にハウンドドックがコンサートに来た時以来に生で聞く大友康平さんの歌声。
本当に学生時代にタイムスリップするかのように引き込まれる歌声。
そしてイベント終盤に再びライブ会場に戻ってきた僕は今か今かと大友康平さんの出番を待つ。
するとある男性が声をかけてきて下さった。
「わたくし大友の会社の者でございます。
大谷さんが大友のファンだとお聞きしましたもので…」
その瞬間その男性が天使のように見えた僕。
そして言葉を続けられた大友康平さんの会社の方。
「大友もプロレスが大好きなので大谷選手のこともよく知っていますよ。」
大友康平さんが僕のことを知ってくれている。
ただそれだけで嬉しさと興奮で訳が分からなくなる。
そして調子にのってしまった僕はこんなお願いをしてしまった。
僕「少しでも構いませんので大友さんにお会いさせていただけませんでしょうか?」
完全にミーハーになっている僕。
すると大友康平さんの会社の方は…
「ちょっと待ってくださいね。」
と、言われマネージャーさんに電話を入れて下さった。
電話が終わるとドキドキしている僕に…
「時間がとれました。
大友の出番直前に舞台裏に来てください。」
と、言って下さった。
もう嬉しさと感動で緊張が一気に増してくる僕。
そして大友康平さんの出番が近づいた時、僕と同様にハウンドドックの大ファンだという田中将斗と合流し舞台裏へ向かった。
舞台裏に着き待つこと数分。
一台のワゴン車が舞台裏に到着する。
もう緊張で心臓バクバクの僕。
そして…
車のドアが豪快に開き中から現れたのは…
紛れもなく大友康平さん。
もう感動でどうしていいか分からない僕。
すると笑顔で近づいてこられた大友康平さん。
そして緊張でガクガクの僕に握手を求めて来て下さった。
僕は握手をしながらこう声を振り絞った。
僕「ずっと昔から大ファンです。
お忙しい中、時間をつくって下さり本当にありがとうございます。」
そう言った僕に大友さんは…
大友さん「ありがとう。大谷選手の試合はまだ若い頃に同期の選手とバチバチ闘ってた時によく観てましたよ。」
もう嬉しさと興奮で言葉が出てこない。
なので僕の財布にサインを書いていただき一緒に写真まで撮っていただいた。
しかし僕の携帯では暗すぎてよく写らなかった(画像)。
なので別の方のカメラで撮っていただいたので後日送ってもらえることになっている。
そしてほんの数分とはいえ大友康平さんとの最高の時を終え僕は一般のお客さんの中に入っていった。
関係者の方には「舞台横から観て大丈夫ですよ」と言っていただいたのだがお客さんの中で拳を突き上げたかった僕は一人のお客さんとして大友康平さんの歌を聞くことを選択する。
そしてついに大友康平さんがステージに登場。
当然の如く沸き起こる大歓声。
一曲目はハウンドドックファンなら知らない人はいないであろう《BRIDGE(ブリッジ)》。
自然と大友康平さんの歌に引き込まれていく大観衆。
そしてBRIDGEが終わり大友康平さんのトーク。
20年以上ぶりに松山でライブを行ったという大友康平さん。
そんな大友さんが熱くこう語る。
「20年以上たってまた松山で歌うことができて本当に嬉しい。
そしてこんなに長い年月、大好きな歌を歌い続けられている自分は本当に幸せ者です。」
長年本当に一所懸命に頑張ってこられたからこその熱い言葉。
そんな熱い言葉で心が震えてるまま次の曲《ONLYLOVE》に突入。
自然と僕も大声で歌う。
そしてONLYLOVEが歌い終わり再び大友康平さんのトーク。
そのトークの中では僕の名前やZERO1の名前までだして下さった大友康平さん。
もう僕にとっては贅沢極まりない出来事。
そして最後の曲はもちろんフォルテシモ。
観客のほとんどが大声で歌いながら拳を突き上げていた。
全3曲という短いライブではあったが本当に最高の時間だった。
そしてステージ上で大友さんはこうも言われていた。
「自分の歌で聞いてくれた人達に元気を与えたい!」
僕も同じ言葉をよくリングで言わせてもらっている。
だからこそこの大友さんの言葉を聞いた時、心から嬉しく思った。
大友康平さんも僕達プロレスラーも根本の目的は一緒なんだ。
観てくれた人に元気を与えるという最高にやりがいのある使命を持っているのである。
うん!今日も明日も明後日もずっとずっと頑張るぞーp(^^)q
うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
posted by 大谷晋二郎 at 15:05| 日記
2010年08月27日
再びサルジエ。
明日は松山で行われるイベントの中で試合をさせていただく。そして今は松山へ向かうバスの中。
19時に東京を出発した僕達。
運転手はもちろん奇跡の長距離ドライバーこと我らがジャイアン。
そして10時間を超す長距離を運転するジャイアンへの補佐として運転席横の補助席で体を縮めながら座っているカッキー(柿沼)。(画像が暗くてよく見えずすみません)
ゆったりと座れる席がいくつも空いているにも関わらず何も言わずに自然とこういった気配りをするカッキーを誇らしく思う。
そんな中、そのすぐ後ろに座る僕からジャイアンやカッキー、そして周りの選手数名にお馴染みのアレが次から次へと矢継ぎ早に繰り出される。
お馴染みのアレとは…
ご存知…
サルジエ問題である。
サルジエとは数年前に世の中を震撼させた究極のなぞなぞ問題。
そのサルジエ問題を何十問繰り出したであろうか!
時間にして約2時間は夢中で続けていたように思う。
ジャイアンも運転しながらサルジエの魅力に引きずり込まれていく。
あまりにも夢中になったジャイアンは問題を解く度に「次の問題!早く次の問題を!」とサルジエマジックにどっぷりとはまってしまった。
そんな中、ジャイアンの「次の問題を〜」の言葉を子守唄にし僕は第一次睡眠タイムに突入していったのである。
それでは本日僕が出題したサルジエ問題の中で人気爆発だった芸能人問題をひとつ記しておきたいと思う(^-^)
問:テストの勉強が間に合わずヤマカンだけで受けたところなんとか合格できて一安心している芸能人は誰?
posted by 大谷晋二郎 at 00:50| 日記

本日、松山青年会議所の皆さんにお声がけをいただきイベントの中で試合をさせていただいた僕達。

ただいま松山城山公園ふれあい広場にてリング設営中。